生命への崇高な祈り「縄文~1万年の美の鼓動~」@東京国立博物館

今週末は、東京生活始まっていらい初めての休日! 上野恩賜公園へとやってきました。

上野と言えば・・・

やっぱり上野動物園のパンダ!!

・・・と言いたいところですが本日の目的地は違います。

東京国立博物館で開催中の特別展「縄文~一万年の美と鼓動~」。

来週末の9月2日(日)までということもあり、ギリギリ滑り込みで見に行くことができました。

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一万前から続く「生への祈り」

8月最後の休日とあってか、会場は人、人、人。チケットを買うのにも大行列となっておりました。

夏休みの自由研究の題材にするためなのか、熱心にメモをとりながら鑑賞している子供たちの姿も多く見かけましたよ。

紀元前1万年以上前から始まったとされる縄文時代。その代表として有名な「土偶や土器」

それらがどういう役割を果たしていたか、有史よりもはるか前の美意識や生活感、何を思い祈り捧げてきたのかを考えるような展覧会となっています。

日本人の起源といいますか、荒々しくも繊細な生命のエネルギー、根源の叫び。

細胞の奥に直接訴えかけてくるような念。

歴史の進歩と共に失われ、忘れさられつつある原生日本の崇高な自然信仰。

土器には渦巻き状の文様のようなものが見受けられるのですが、水面や波、泡、雲の流れ、

はたまた風のようにも思え、静の中に動を閉じ込めた躍動やうねりを感じました。

こんなとてつもない展覧会は久しぶり。日本人で良かったと心から思える素晴らしい企画、これは人が集まるのも納得です。

この精神が懐かしく、きっと無意識の中で人々はそれを求めているんですね。

土偶の多くは「お腹に子供を宿した妊婦」を題材としているそうですが、当時の人々にとって出産は命がけの大仕事。その中で命を落としてしまう母子も少なくなかったといいます。

生きることと死ぬことは隣合わせ、生命への畏敬の念、子孫繁栄、豊穣を祈り、土偶に託していたのでしょう。

母なる大地(土)に大いなる火の力を与えて(焼いて)生み出される土偶は、生命そのものを表現していたのかもしれないなと思いました。

こうした土偶は墓場から出土されることが多く、出産中に亡くなった母子を思ってなのか、それとも無事に役目を終えたため壊して墓地に埋めたのか、どちらにせよ「死」は生活のすぐ隣にあったのでしょうね。

死に対面するからこそ生きることをより濃く実感する「生命と再生」。

芸術家である岡本太郎も縄文時代に強く惹かれており、こんな言葉を残しています。

「驚いた こんな日本があったのか いや、これこそが日本なのだ」

精神を引き付ける原生日本の美、四次元との会話。

素晴らしすぎる展覧会でした。

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