脆弱なバランスに成り立つ社会@池田学「予兆」

先日訪れた森美術館で開催中の「カタストロフと美術のちから」展。

世界各国で活動される40名の作家さん達による「カタストロフ(大惨事)」をテーマとした作品はいずれもメッセージ性が強く、真正面から向き合えば何かしら考えさせてくれます。

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池田学《予兆》※この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示-非営利-改変禁止4.0国際」でライセンスされています 

数ある作品の中、私が一番印象深かったのが佐賀県出身の画家池田学さんの「予兆」。

大きな波に飲み込まれていくように見える建造物やテーマパーク。

2011年3月に起きた東日本大震災を彷彿させる作品ですが、こちらが発表されたのは「2008年」。

題名の「予兆」から池田さんは震災を予知していたのかと考える人もいるそうですがそれは違います。

「人間は自然の一部である。」「いくら人類が積み上げようとも自然の力の前では無力」

自然の中で人間は活かされている、このまま環境を破壊しながら進んでいくとやがて逆鱗に触れることになるという「共存」をテーマに作られたようです。

先端が1ミリにも満たないペンで細密な線を積み上げながら描いていくのが池田さんの画風。

1日に描ける範囲は拳一つ分だといいます。

縦1.9メートル横3.4メートルの「予兆」を完成させるまでに2年もかかったのだそう。

これを下書きなしにアドリブで作り上げていくというから驚きですよね。

狭い範囲だけを見るのではなく、常に広い構図を視野に入れながら制作しないとこのような作品は生み出せないでしょう。

ミクロとマクロ、今と未來、緻密な描写で作り上げた世界はまるで大きな生態系。

圧倒的な存在で異彩を放っていました。

こんなすごい絵を描く人が今の日本にいるのだとすっかり魅了されてしまいました。

波に飲まれて全てが壊れた世界のようにも見えますが、、、

その中で懸命に生きる生き物たち。

結婚式を挙げるなど、こんな環境の中でも力強く生きていく人々の姿も描かれています。

壊れた世界の中で何を争い、何を奪い合う必要があるのか。人間の愚かさや醜さも。

壮大な自然の中、何とか間一髪の状態で辛うじて保たれている現代社会。

何かが崩れれば一気に崩壊してしまうような脆弱なバランス。その中で生きる命の輝き。

細密なタッチで描かれる破壊と再生と生命の循環。

人間は破壊や消失を引き起こすことも、防ぐこともできる。

どちらか選ぶのは今を生きる自分自身。

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