日本の河川は「血流」のような存在

日本全国にある河川の数は約3万本にのぼるとも言われています。

日本の陸地全体に隈無く行き渡って流れるその様子は、まるで人間の身体中に張り巡らされた「血流」のような存在。

今、私が元気に生きていられるのは常に体内で血液の循環が続いているおかげ。 

川も同じで循環がなくては存在できません。

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その始まりは海。

太陽が海を照らし海水が蒸発、水蒸気は空で冷やされ雨となります。

雨は山に降り注ぎ、森のエネルギーを浴びながら地中に浸透し、長い年月をかけゆっくり濾過され湧き出て小川に変わる。川の中には魚や水生昆虫など様々な生き物たち。そのエネルギーも加わる。

雨は川に変わる道中、太陽・海・大気の情報を大地に伝えると共に、数多くの動植物や微生物に触れ、徐々に生命の水へと。

それらが集まることで大河へと変わり再び海に至る。大地の情報はまた海に伝わり途切れることなく循環し続ける。

恵みの雨は生命の水となり、万物を育みながらやがて母なる海へと還る。

種の発芽に、渡り鳥の長距離移動、集団産卵に孵化、遡上。事前下見や打ち合わせもせずに正確な位置やタイミングを合わせられるのは何故なのでしょう。生き物達は水からその時代の情報を受け取り、後世に伝えていくことで命を繋いでいるのかもしれませんね。

本来、川に正常な循環があれば源流から河口に至る過程で、どんどんエネルギーが集まり生命に満ち満ちていくはず。上流から下流にいくにつれ汚れだけが溜まっていくのは正常な循環が途切れてしまっているからに他なりません。

常に循環を続ける川は血流のようなもの

私たちの体内には何十兆という細胞が暮らしており、身体が正常に機能するよう情報を血流に乗せ伝達し続けてくれているからこそ元気に生きていくことができます。

血流が途切れたり、汚れてドロドロになったら身体は病気になるか、命を落としてしまいます。

では川や海が汚れドロドロになったら?正常な循環や情報が途切れたら?

地球が病気になりすべての生物は生きていけなくなってしまうでしょう。

表面を流れている水だけを「川」として捉えるのではなく、循環を含めた環境やそこに暮らす生き物たちも合わせ「大きな生態系」として捉えることが重要。

身近な川で暮らす「地球の仲間たち」の輝きを知ることで意識が変わり、ゴミを投げ捨てるなど簡単には汚せなくなるのではないでしょうか。

川とは何なのか、自然とは何なのか、資源とは何なのか、そして人とは何なのか。

本質を見つめることから誠の意味での環境保護が始まるのではないかと思います。

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